経歴 2
<中学生>リベンジ!!
<暗黒の音楽高校時代>
<大学時代>
<卒業後>
<結婚・子育て>
<ピアノを教えること>
<仕事の事・人生観など>
中学2年の時に学生音楽コンクールに再挑戦しようと決意。
母は「やめたら?」と言いましたが、
「やってみないとダメかどうか判らないから、ダメ元でやってみる」と言いました。母はそれ以上反対しませんでした。
小学校の時の失敗経験で「生半可な練習では良い演奏なんて出来ない」と骨身に染み、
ノーミスを目指して中学生なりに練習方法を考え、やれることは全てやりました。
人生で初めて知恵を絞り、工夫して1つのことに粘り強く取り組んだと思います。
自分で決めたことは頑張れるのだと思いました。
「これだけやったから悔いはない」という気持ちで本番に臨む事ができ、
ベートーヴェンの16番のソナタをほぼ完ぺきに弾くことが出来ました。
結果もおのずとついてきました。
本選の時はショパンの2番の即興曲でしたが、高校生の本選課題曲のショパンのバラードの1番を生まれて初めて聴き
「こんな素敵な曲があるんだ!」と衝撃を受けたのを今でもはっきり覚えています。
中学生の多感な時期に出逢った素敵な曲は、幻想即興曲とショパンのバラードでした。
そして何の疑問も持たず、音高の受験体制に入りました。
その後、名古屋市立菊里高校の音楽科に入学しました。入学時の成績は良かったのですが、
脱力の基礎が出来ていないまま音高に入り、無理に無理を重ねて難曲を弾いてきたツケが一気に来ました。
速い曲を弾くと手が疲れて指も動かない、歌う曲も音が固いから歌えない、
成績は下がる一方・・・大きな壁に当たりました。
担当の先生は東京藝術大学を出られた先生でしたが、
「手が固い」「もっと歌いなさい」と抽象論ばかり指摘され、根本的な打鍵法などの指導は一切ありませんでした。どうしたら脱力ができるのか?教えて下さる先生とも巡り会えず、とても苦しみました。
音楽高校に入ると音楽大学の受験しか選択肢はなかったので、音楽高校に入ったことを後悔したこともありました。
学歴や指導力は「良い先生かどうか?」ということとは全く関係ないということ、自分のような辛い経験は生徒さんたちには経験させたくないので、自分は脱力の根本を教えられる指導者になりたい、とその時から強く思うようになりました。
暗黒の高校時代でしたが、愛知県立芸術大学のピアノ専攻に入学することが出来ました。
大学は音楽と美術学部があり、美術のお友だちは個性的、魅力的な人が多かったです。
音楽学部の学生のように努力家タイプ、コツコツ型でない
自由奔放なキャラクターの人たちとの交友関係はとても新鮮で、大学に永遠に残りたいと思うほど楽しい4年間でした
大学卒業後は、たまたま採用試験に合格したため中学の音楽教師を数年勤めました。
当時の中学は校内暴力で大変荒れていました。
道徳や学級経営など、音楽に関係ないことで何故こんなに苦労しなければならないのか、本当に苦痛でした。自分が何のために苦労してピアノをやってきたのか?といつも自問自答をしていました。
26歳で結婚、子供ができたのを機会に中学校を退職し、ヤマハの個人レッスンの講師を経て自宅でピアノを教えるようになりました。最初は生徒さん1人というスタートでしたが、徐々にご近所のお子さんを教えるようになり、生徒さんの数も増えてきました。
娘2人の子育てからも、様々な事を学びました。
長女は出来の良い子で、ピアノもそこそこに弾けていましたので、スパルタでピアノを弾かせすぎてピアノが嫌いになってしまいました。長女は中学受験も全て合格。中高一貫の進学校へ進みました。その後、東京の国立大学へ進みました。
しかし、私が過干渉、過剰な期待をしたので、長女との人間関係がギクシャクしてしまいました。子育てで学んだことは、親は口出しせず、子どもの自主性を尊重し、じっと辛抱強く見守るべきだということでした。
次女は並の子供だったので期待もされず、伸び伸びと育ちました。地元の伝統的な女子大へ進み、親元から大学も通いました。
2人とも結婚し、孫3人に恵まれました。
仕事の面では、コンクールなどで素晴らしい演奏をしている他の教室の生徒さんを聴いて、「どうやったらあのような演奏が出来るのか?」「何が違うのかしら?」と自問自答していました。
その時にたまたまご縁が出来たのが全国的にも有名なS先生でした。
自分の生徒さんを見ていただく機会があり、レッスンを見学しましたが
音の1音1音の出し方を根気よく指導していただき、
私が求めていたのは正にこういう指導だった!
自分もS先生に出逢っていたら、もう少し良い演奏が出来ていたに違いないのに、
と思いました。
以来数十年、音の出し方、脱力が出来てこそ、初めて良い演奏が可能だと考え、子供たちをご指導してきました。
実際にご指導するのは難しいことですが、響きの良い音が出せてこそ、イマジネーション豊かな演奏が可能だと考え、日々のレッスンを行っております。
S先生は高齢になられましたが、今でも一番尊敬する先生です。
人生においての様々な経験は、良かったことも悪かったことも、失敗したことも成功したことも、今の私にプラスにつながっているように思います。
コンクールでの失敗経験、高校生の時に基礎が出来ていなくて苦しんだ経験、荒れた中学で思春期のお子さんを見てきたこと、親の思うようにはいかず子育てで悩んだこと、全て良い体験となり、今の私の肥やしになっていると思います。
お一人お一人のお子さんの年齢による成長と向き合いながら、お母様方と密に連絡を取り、お母様方のお悩みを伺いながらレッスンをさせていただいております。
無理なく、そしてお子さんの能力を最大限に引き出すにはどうすれば良いのか?
日々考えながらレッスンを進めております。
大人の生徒さんたちも、それぞれのライフスタイルや個性に合わせて、できる限り楽しい教材を選びピアノを楽しんでいただけるように努めております。
おかげさまで、お子さんたちも大人の生徒様も、長くピアノを続けていらっしゃる方が多いです。一番長い方で小学4年生~赤ちゃんが産まれるまで20年お教えした生徒さんもいらっしゃいます。ご自分の結婚式でショパンのノクターンを弾かれて、お母様が涙を流された、というエピソードもあります。
人生は、何歳になっても日々学ぶことばかりです。
これからも出来るかぎり生徒様にとって良いレッスンとなるよう、精進していきたいと思います。